Wednesday, May 27, 2009

StarTAC IT'S BACK




  "ミスター。これはちょっと───"
  "サーヴィスが難しいんですか?"
  "いや、これがウォーキー・トーキーの初めてなんだって、私も見る
  のが初めてですから、ちょっと、びっくりして───"
  "無理ですか───"
  "いえ、そんなことないと意いますが、これはちょっと上に訊いてみ
  ますね。たぶん可能かとは意います。むぅん、これが無線で飛ばす奴
  だったんだぁ───"

   今朝は久しぶりの頭痛(思えばこの8年余頭痛などなかった)で、
  身体は重く、しかもナニをするのも億劫な朝なので、書き出しもいつ
  もより増して、ぼんやりしている。
   俺はいまセルを4つ持っている。民生用移動電話の最初の奴(簡単
  なベンチプレスには最適)、モトローラ2機に、iPhone。ずっと民生
  用セルを使って来たのだったが、昨年末に充電池のほうがもう寿命ら
  しく、今はインテリアの一とつになり、モトローラの1機は箱のなか
  に久しく眠ったまま、iPhoneはファミリー・プランで買わされたの
  だけど、俺には無用の長物でこれも置物にしかなっていない。なので、
  モトローラの、やっとモノトーンの表示からカラーに変わった最初の
  モノを使っていたのだけど、このタッチの操作が、小さ過ぎて、俺の
  指にはまったく合わない。だから、眠っているモトローラに再々登板
  を願おうと」(以前は一時的に使っていたが)、スプリントのショッ
  プに持ち込んだ昨日の会話が冒頭のそれ。

   NEXTEL i1000。
   それまではStarTACというセルラーフォンの記念碑的な傑作(まァ
  契約も$1000もしたんだけど)を使っていた。あの時代は雑音は
  多いし、どこでも使えるものでもなかったし、誰もがセルを持ってい
  る時代でもなかったから、コールされる、コールするは緊急事態以外
  には有り得なかった。それがセルラーフォーンの原点だと、俺はいま
  でも思っている。それはセルラーフォーンの登場に立ち会った人々の
  胸中にはどこかに「電話ってナンなんだろう」という意識を共有する
  ように意う。時節がどう変化しても。
   StarTACはそれから、蒐集の対象になって(今はどうか知らないけ
  れど)、破格の値段で譲って欲しいという人が居て、譲ったのだけど
  それに替わって求めたのが、このNEXTEL i1000。
   デザインも気に入ったし、使い勝手も未だに色褪せていない。タッ
  チも間違いはないし、いらいらすることもないし。電波もすこぶる強
  く、雑音もない。そしてこのセルでサン・フランシスコへの5号線を
  ひたすら疾走していた時。そこは家もないただ存るのは、無限に拡が
  る空と、平原のみが続く大地なのだが、突然にコールを知らせるシグ
  ナル。なにかの間違いではないかと、取ればなんと外国からのインタ
  ーナショナル・コリング。吃驚したのだったが、後で調べれば、サー
  ヴィス・エリア外には、無線にチェンジして電波を送り拾うというサ
  ーヴィス(オプション)だった。その雑音のない、明瞭でいまそこに
  相手がいるかと意う会話の数十分は今も忘れられない。この大国アメ
  リカならではの話になってしまうけれど。そしてこの機がいたく愛用
  するかというと、ウォーキー・トーキーが絶妙だったから。コールが
  ある、コールするにしても、一とつスイッチを叩けば、電話を持たず
  に相手と話ができる。これは画期的であって、母屋とゲスト・ハウス
  を結ぶ、ラジオのような感覚で使用できることだった。これももまた
  記念碑的な傑作だろうと意う。

   その傑作がまた甦れそうだ。
   電話は話すために、
   電話は用件を伝えるために───。
   ただそれだけなのは俺の場合言うまでもないけれど。

                            - 了 -

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