Tuesday, July 21, 2009

▱ J A P A N ▱



          ▱ J A P A N -「経」か「実」か- ▱


    人が人生の問題のさまざまをその質を違えても反復しながら自らそれに直面し
   その時々の成熟さのなかで、亦、或は退嬰するなかに解決してゆくように、世界
   の諸国民の歴史もまた同いく、出來するあらゆる質を違えた問題を解いていかね
   ばならない。これが歴史が厳然とした史実を通して伝えるところであって、人び
   とはその自らの史実を通してのみ、あらゆる問題を解決することが可能になる。
   であるから、壮大な日本なら日本の史実の中に、似たような時代、似たような先
   達の思索そして決断と結果としての史実を、見究めることがなにより大切な作法
   だと念う。それが昨日の日本の国会解散と続く選挙に考えたことだった。
    与野党の主張、また宰相の所信表明などを読みながらもう一とつ感じたこと、
   それは、「経学なのか、それとも実学なのか」という、日本の歴史で繰り返され
   て来た問題を質を変じながらも、また日本の人びとが解かなければならないだろ
   うということでもある。経学とは、体面論、観念的な思想であって、日本の思想
   の一翼に存り、実学とは、その名の通りの実際学、現実論に拠って立つ一翼であ
   って、どちらもが歴史の要請に応じて、その主体を交互にして来たものと意う。
    戦前の明治維新の実学から、日露戦勝からアジア・太平洋戦争までの経学、そ
   して戦後の実学から、小泉から安倍までの経学。そして現宰相の所信を読む限り
   では、要請される実学に於いて、尚も経学を引き摺る印象を持ち、そういう視座
   から考えると、現宰相とその時代は、まさに過渡的なものであり、これから誕生
   する如何なる政府も実学がその出発点になる───そういう歴史の反復さをここ
   でも感じる。
    経学と実学が史実のなかで大きくクローズアップされた時代は、改めて述べる
   までもなく、律令体制の崩潰から新しい武家体制へと帰結する流れの中に、一方
   はその崩潰を食い止めるべく、そしてまた一方は、それに固執するのではなく、
   与えられた現実をどう処置するかの立場を鮮明にすることに始まる。前者は藤原
   頼長、後者は藤原通憲だと言える。この兩人が何を為したか、体制の崩潰から新
   しい時代へどのような役割を結果的にもたらしたかは、歴史の書を再読されれば
   と希うのだけれども、一言するなら、律令体制はさまざまな改良を希望しそれを
   実行したけれども体制崩潰と新時代の流れは何人も押し止められるものではない
   ということだろう。その意でも、現勢の日本は、あの律令体制の崩潰から武家時
   代へと続く時代に究めて近似していると日記で触れて来た。日本の人びとが、「
   右だ左だ」と言うのは、西洋の装飾の外装であって、実は「経なのか実なのか」
   なのだと意う。判り易く言うなら、「美しい日本」であるとか「日本を守る」と
   かいった観念的なことばに、経は現せるように考えるし、その源流は、中国の「
   春秋論(大義名分)に直線で結ばれるだろう。さきほども述べたのだけれども、
   日本という国が危機の置かれた時代、時代には、必ずその前の時代は実の時代で
   あり、実の時代の成熟から末に到ると、閉塞と危機の流れが強まり、それを代表
   する経が支配的となる。近時代相で観るなら、石原慎太郎から安倍晋三へと漲っ
   た、或る種の観念の時がそれに該当するもののように考える。言論の舞台では、
   櫻井よしこ、金美齢、福田和也、小林よしのりに表徴とされるだろうか。櫻井さ
   んはこの十月、このLAで「美しい日本」と題して講演されるという。その講演
   題そのものが、アメリカの現実そして日本の現実、世界の現実、そして展望とい
   った歴史、史実的な立脚点に立つ者としては、その使命を交替しなければならな
   い経というもののこの時代での末尾のタイトルのように感じてならない。
    律令体制の解体期の過程を委曲を尽して観ようとする時、その近似する社会相
   に、こんにちとの時系の大きな隔たりさへも覚えないほどに、等符号で密接して
   いるように、不断の連続のように覚えて仕方ない。
    時の朝廷(政府)は、マナリズムから脱することが出来ず、腐朽と弱体が顕著
   であり、安易無力な政となる。そしてその政府を構成する人びともまた、現実へ
   の対処法自体を構想出来なかったばかりか、然し、それは律令体制そのものが余
   りにも巨大であったからとも言えるけれども、衰頽する流れのなかにせめて成し
   得ることといったら、一種の美辞麗句なり経で飾る一種の粉飾を施すしかなかっ
   ただろう。その一とつに、先の日記でも触れた「意見封事」があるだろうか。ま
   た、「邪濫の僧侶」「堂衆」の跋扈は、こんにちの宗教団体の政治支配とも重な
   て見える。中には、小野篁や好吉といった、のちの「良二千石」と称される賢臣
   も出てくるのだけれども、それは体制の解体という歴史の既知の中に現れた、役
   割を担った人びとであった。

http://www.youtube.com/watch?v=6O3tANG7w3s&feature=player_profilepage

http://www.youtube.com/watch?v=3cCY3auMCxY&feature=player_profilepage

http://www.youtube.com/watch?v=GkUHzzP3Y2g&feature=player_profilepage

http://www.youtube.com/watch?v=Vb8VipFGvxo&feature=player_profilepage

http://www.youtube.com/watch?v=7FcuzYlsHTw&feature=player_profilepage

http://www.youtube.com/watch?v=AVrWYfL8Q_s&feature=player_profilepage

http://www.youtube.com/watch?v=tWCDlHfhe2g&feature=player_profilepage

http://www.youtube.com/watch?v=JLFaWuzgR5o&feature=player_profilepage


    ではここまでは経に偏して述べてきたが、実はどうだろう。まさに敗戦とそれ
   からの復興、そして高度成長からバブル崩潰までが、日本にとっては実の世であ
   った。バブル崩潰が、戦後の帰着だとすると、勿論、経が出てくる。然し、人び
   との生き暮らすこと、国も然しだが、常に実を用いなければ経営することは困難
   なのである。が、しかし、この局面に於いて実が立ち現れていない。否、もっと
   精確にいうなら、大きな主体に成り得ていない実相が存る。個人的には、寺島実
   郎、内橋克人、金子勝、宮本太郎といった経済の実なる人びとが強い一方で、日
   本の巨視的な実は、佐藤優、若手では萱野稔人といった面々であるが、実への先
   進力というと、主体としては未成熟なままではないだろうか。歴史は実を要請し
   ているのだが、また実が、史を重んじ、そこから見抜く力を持つ、人材と主体を
   要請しているのだが、それが日本の解体期が、あの律令体制のそれとは質を異に
   した状態であって、その解法を日本の人びとが為さなければならない、考えねば
   ならない問題だと言えるかと意う。
    僕自身は、経を否定するつもりはなく、実に殊更に偏する者でもない。史実は
   そうした牽強付会を排するものであり、歴史もそれらを排除する。この双つは史
   のなかでそれぞれの役割を担う立ち位置である。ただ言えるのは、主役交替の時
   なのだろう。そういう意では「美しい日本」誰もが判っている。では、その「美
   しい日本」が危機的であるなら、観念ではなく体面ではなく、実なのである。実
   が有って経が存り、経が有って実が存る。この過渡期のなかで、実を鍛えなけれ
   ばならないし、それは歴史の要請だと意う。歴史の要請の前には、如何なる立場
   であれ、主役は交替せねばならない。それが史であるのではないだろうか。
    それをいちばんよく知っているのは、意識的にせよ無意識的であるにせよ、他
   ならない日本の人びとだろうと意う。

Tuesday, June 30, 2009

人而無儀、不死何爲



   昨日の診察で、心的腰痛と診断された。まぁ精確を期すと、そうし
  た診断はしないのだけれども(外科的な原因はないから=心的だろう
  という診断)、まぁ、とにかくストレスを回避するように───との
  なんとも頼り投げなものだった。とは云っても、「もしや癌」とか色
  色考えてもいたから、胸を撫で下ろしては居る。
   そして昨日は、もう一つ、語らなかったが、あの融資夫婦の開業す
  る焼肉レストラン(「東□カルビ」という名らしい)のプレ・ダイニ
  ング(招待試食会)の日だったようだ。此の夫婦とその後背に控える
  某宗教団体との経緯は、過去の日記に委しく記録されているけれども、
  前日までに思念していたのは、寝返りが誰なのか、その人数を攫むこ
  とだった。自分の身は自分で護る───。これはアメリカンの生きる
  大原則で存る。内部にエージェントの連絡網が存るから、今晩にでも
  も、その全貌は判明すると意う。そして、時季を見計らって、クーデ
  タの蹶起日を定めなくてはならない。勿論、首謀者は俺。
   内部で働く人びとが我が家へ連絡を寄越し始めたのが先月。牛馬の
  ように酷使され、日頃の感謝のことばも一切ないというこの夫婦への
  反目は、予想以上に高く、また連絡を寄越す人びとも、人柄としても
  給料などは二の次で、お店の為に一生懸命に働いている人びとである
  から、この際、蹶起に参加する人びとの、後の就職先は、俺が一切引
  き享けることにし、一昨日まで、受け入れ先と水面下で折衝していた
  のだった。それも腰痛の原因の一つだったように意う。

          相鼠有皮、人而無儀、不死何爲

   詩経の一節で、どんな鼠を見ても、ちゃんと鼠としての皮があるで
  はないか。人には人としての礼儀・威儀がなくてはなるまい。人とし
  ての威儀がないくらいなら、そんな人は死んだ方がよろしい。

   自分にも言い聞かせなければならないのは当然なのだが、あれだけ
  の協力そして助力を惜しまなかった俺なり悪友なりに、仮令、敵対す
  るにしろ、不和であるにせよ、招待状などは勿論不要だが、「お陰さ
  まで□月□日に開店の運びとなりました」の一筆くらいは、第三者を
  介しても爲すべき礼としてあるべきではないかと意う。それが大人な
  んではないか。日本ではどうか判らないけれども、俺はそうのように
  意う。月に$4000を以て、助け、母親の面倒を看、経営からメニ
  ューまで相談に乗り、はては国際たこやき旅団まで投入して、危機の
  経営の最大支援者として、憎まれ役を引き受け───。感謝しろとは
  希はないしそんなものを享ける積もりもさらさら亡いが、こうした人
  を人と思わぬ夫婦の所業は、先の従業員の総反目の動きと符号するも
  のだと意う。

   蹶起の数にもよるけれども、一等欠かせない人物が既に、呼応して
  いるというか、自ら蹶起に同意しているから、それだけでも、開店の
  第一歩で、甚大な打撃を加えることが出来よう。まさに「桶狭間の一
  戰」だ。蹶起の際は「俺の名前を出しなさい」と伝達してあるから、
  開戦の宣戦手交も万端。なぜ敢て宣戦布告をするか───それは、あ
  の夫婦の親。詰まり名義上の社主である、母親からの、脅迫メールを
  世に知らしめる必要があるからであって、紳士的に秘すれば、あちら
  の思う壷であるからだ。一切を公表すれば、「地獄へ堕ちなさい」な
  る、某宗教団体のおぞましさを白昼化、視認化することが出来ようと
  云うものだ。
   好都合な事に、昨日は我が国産牛肉の細菌発生と回収の報が明らか
  にされ、スーパーからは当該の肉の回収も確認済み。人心への影響か
  らも、当分は焼肉なるものは避けると送像すれば、彼等は出鼻をもう
  挫かれているから、第二撃。源田実氏のハワイ策戦での、南雲長官へ
  の意見具申に存る、

          「攻撃ニハ反復ガ必要デアル」

   とだとすれば、第二撃、そして第三撃を準備しなければならない。
  ましてや、彼等は自らの弁明めいたものを、あちらおちらでフレーム
  ・アップしている情報が達しているから、それではこちらが殺られて
  しまう。これも俺の因果な人生なのだと意う。
   そしてまた厄介な問題は、その牛肉細菌の余波。今週土曜のバーベ
  キュー・パーティーの中止を進言する人びとが現れた。万が一のこと
  を憂へての進言だと意うが、もう準備は始まっている。どうすべきか
  、直前で中止すべきか、それとも、急遽、まったく違うパーティーに
  宗旨替えすべきか、きょうか明日中には判断しなくてはならないこと
  になった。

   日々是決断。
   いや、疲れる。

                            - 了 -

Tuesday, June 23, 2009

彼は首をくくって、誰もいなくなりました




  十人の黒人の少年が、食事に出かけたら
  一人が喉を詰まらせて、九人になりました

  九人の黒人の少年が、夜更けまで起きていたら
  一人が寝りから覚めず、八人になりました

  八人の黒人の少年が、デヴォンの街を旅していたら
  一人が残ると云い出して、七人になりました

  七人の黒人の少年が、薪割りをしていたら
  一人が自分を割ってしまい、六人になりました

  六人の黒人の少年が、蜂の巣を弄って遊んでいたら
  蜂が一人を刺し殺して、五人になりました

  五人の黒人の少年が、法を学びに行ったら
  そこに一人が残って、四人になりました。

  四人の黒人の少年が、海に遊びに行ったら
  鰊が一人を呑み込んで、三人になりました

  三人の黒人の少年が、動物園を歩いていたら
  一人が熊に襲われて、二人になりました

  二人の黒人の少年が、大陽を仰いでいたら
  一人が焼け死んで、一人になりました

  一人の黒人の少年が後に残された
  彼は首をくくって、誰もいなくなりました

   少々長くなったけれども、今のアジアというもの、日本も勿論そこ
  に含まれ、大きなこの種の案じ方をするのだが、無為のままに、果た
  すかなその無為さ自体が無為ではないように錯覚したままの営みとい
  ったものが、乱世というこの今にあちらこちらで浮かび上がっている
  ように意う。中国、韓半島、日本、インド───。

   現宰相ではダメだという声もある。しかしナゼにダメなのかという
  思念なり一人一人の自分のことば、そして思考でもって答を出してい
  るのか甚だ疑問だ。そして出て来る名前は、石原だ小池だ舛添だ、果
  ては橋下だ東国原だ。これでは日本は終ってしまうと断言出来る。我
  が国を始め、先進諸国が揃って舵を、非市場放任の新しい形の資本主
  義を手探りで歩き始めているのにも係らず、前者二人は、掲げた旗を
  降ろせない、遅れに遅れて頓珍漢な方向へひた走っている方々だし、
  後者は、日本より自分という、思いつき・場当たりの地方首長たちだ
  ろうか。
   これらはこれから襲来して来る予測不可能なあらゆる自体への体制
  とそしてその人事から考えると最悪なる状況───と云ってももう過
  言どころか、そうならざるを得ないと意う。これもみなみな「今日の
  社会にはすでに狂いに似た異常性があるのに、人はいっこうに真剣さ
  と粘り強さをもって対しようとせ」ず「異常は実は世の全般にしみこ
  んでいて、全体が刻々沈んでいくのに、それに気づくことがな」い、
  と云う上田薫氏のことばに共振するのだ。氏は続けて、「史上にはひ
  どい乱世もしばしばあったが、その乱れぶりはその時の人びとにある
  程度見えていたのに、現情報時代のいぶかしさは、だれも大して乱世
  だとは思っていないということである。(中略)今の人間には解決へ
  のまっとうな夢がないのである。絶望しているかと思うとそうでもな
  いのに、結局先送りあなたまかせに事を尽きさせている」と、鋭い指
  摘をしてらっしゃる。つまり、デジタルのもたらすブラックホールが
  有って、すべての意識なり思索なり、そういった知がすべて吸引され、
  残るのは、個と個のつながりだけが辛うじて維持されている。究めて
  小さな小さな自分とその周縁だけが世界になってしまった───。で
  あるから、意識が社会に向うエナジーまでもが、身ぐるみ剥がされた
  状態に至ってしまったということなのだろうと意う。これは何も日本
  だけに限った話ではないのだけれども、日本に集中的に現れている気
  がする。氏は「『ほしがりません勝つまでは』。今老いはてのわれら
  はかつてそう言わされていたが、やがて一応敗戦が到来してくれた。
  このたびの相乗にははたしてどんな終わりがあるのであろうか」と、
  まったく光明の見えないトンネルに果たして出口はあるのだろうか、
  そして若しかするとその出口の先には光明ではなく、未曾有の崩潰的
  な事態が待ち受けているのではないかと述べておられるが、それをど
  うやって克服しなければならないかに付いて、それは「便利さを、わ
  が都合よさを自制しきれるところにこそ、人間の智の極めがある」と
  指摘する。「自制しきれる」。詰まりは踏みとどまる力なのだと俺は
  意う。この話で連想したのが司馬遼太郎氏の西郷隆盛論だ。司馬さん
  は西郷を評して、人は私の塊であるけれどもその私の1%でも可いか
  ら圧縮すること、それが西郷であると語った。俺流に言うなら、なん
  でも可いから、少し我慢して見る───そういう日常の態度というも
  の、携帯電話のメッセージのやり取りも、メッセージが来たから直ぐ
  同時的に返信を打つのが習慣化する怖さ───。その日常の風景は、
  「自制しきれる」なり「押し止まる」といった、すべてが破壊されて
  いる光景である。そうした人が生きうる上での、最も大事な物事がす
  べて滅べば、私の1%も圧縮しようなどという観念な起こりようもな
  いではないか。自分に対する疑問、自分に対する叱責、自分に対する
  律しよう───。これらのものが取り払われた時、人は他者に対する
  視座を完全に失う。存るのは自分だけになる。その自分も判らないか
  ら、制御は全く働かず、陽炎のようにさまよい飛ぶしかない。だから
  といって、人間はそもそもそんな陽炎の状態に心身が耐えられないも
  のだから、色々な悲鳴や罵声や闇雲な突進の仕方で、救いのメッセー
  ジを発するのだろうと意う。だがしかし、物事には多勢に無勢がある
  通り、社会のなかに、良識が多数であれば修復は可能だが、良識が少
  数に転じると、もはやそれは難しく、絶望的である。
   日本の宰相の首を何度替えたとしても、原状は変わらない許りか、
  更に、沈んでゆくだろうと意う。それに対処するには、制度的には今
  の日本の政治そのもののシステムを破棄しなければならないように意
  うし、それが為には47都道府県の独立国家化を先に提起したのだけ
  れども、最早、人びとにとって政治が、身体で感覚で感じない世界の
  ものでしかなくなってしまった制度。それを官僚のせいにするのでは
  なく、改革でもく、自分たちの身体で感じる範囲まで、政治というも
  のを戻さねばならないという趣旨でもある。私見では、もう日本には
  改革なることばさへ小手先にしか聴こえないし、それが果たせること
  は百%で不可能だと強調して置こうと思う。
   アメリカというこの国は、昨日決定された政策、昨日起こった公の
  出来事が、翌日には生活そのものに、直球で影響を及ぼす国である。
  であるから、納税者意識もそれは強く、政治参画の意識が究めて高い。
  政治そのものが、肉体的体感で捉えられるからだ。今更説明するまで
  もないこうした日常の状態が、人を精神的に強くし、自我の更なる発
  達と、それこそ自らの責任と権利の意識を高度な状態に保つことがで
  きる。
   
   昨夜は、日本へ永久帰国する日本人の青年の送別会をささやか乍ら
  主宰した。彼は9年、この国で学んだ好男子で、専攻は心理療法学で
  あり、これから大学院へ進む段になって、日本へ帰国しなければなら
  ない。その辺の事情を尋ねれば、日本におられるご両親が、もはや学
  資を送ることが出来ないことであるという。彼も早朝は、港の荷揚げ
  労働をし、夜はレストランで働きながら苦学する青年であって、すべ
  てを送金に依拠していた訳ではない。大変な苦学生である。日本人が
  世界の最前線で立つ。そういう意味では、日本では想像だに出来ない
  人種的苦労も含めて闘っている青年だ。携帯電話でさへ持っていない。
  クルマも朽ちた車を直し直し乗っている。しかし、ご両親は学資のも
  う援助出来ないこと、そして、逆に「私たちを助けて欲しい」という
  、俺からすれば、日本の親は決して子供に、そんな言葉を吐く存在で
  はないという思いが強いから、「日本は相当に酷いことになっている
  」と身体で感じた。彼のみならず、アメリカから日本へ帰国せざるを
  得ない若者たちが異常に殖えてい、彼のみならずそういう若者たちを
  さいきん富みに接する。これは日本の国力の衰退そのものだと意はざ
  るを得ない。彼等が日本へ帰国して、果たしてこんどは、アメリカで
  暮らした統べてを否定され、揶揄され、妬まれ───。もう目に見え
  るほどだ。
   俺はそういう日常的身体で覚える彼等の苦悩なり哀しみをして、日
  本というカタチの、ぼんやりした死の彷徨みたいなものをどうしても
  感じてしまう。死へのスパイラルであるといっても可い。

   十人
   九人
   八人───

   傍観とした日本という内が、どんどん一人、二人と、統べてのこと
  をただすげ替えたり、或は消去するだけに終始して、はや廿年。
   首を括って最後は誰もいなくなる。
   そういう気がしてならない。
   俺で出來ることはなんとかしようと念う。一人を助けられない人間
  が何が出来るというのか。であるなら助けねばならない。

                            - 了 -

Wednesday, June 17, 2009

たった二つの石ころ



   破滅的な貪欲さで食べたのだけど、今朝の体重計ではまた減ってい
  た。一体全体どうなるんだろう。過日の日記で「夜23時間以降にメ
  シを喰えば太る」と謂う内容を書いたのだけど、太らない場合も存る
  んだと意う。直、それは身体に某等の不都合を抱えている者のみであ
  る場合に限って───そういう但し書きは必要だ。毎日、酢を3回飲
  んでいる所為もあるのかなア───。

   さて、この所の俺的なキーワードは、「意志としての身体」という
  ことば。
  どういう意味かと謂うと、究極の意志の表示は、身体でしかないとい
  うことだ。怒りであろうと希望であろうとなんであろうと、最終的な
  自らの意志といったものは、身体で以て発することなしに意志は表示
  することは出来ないということ。

   テヘラン
   ベルリン
   テル・アビヴ
   カシミール
   ウェスト・ハリウッド
   シャンハイ
   ソウル───

   だが、司馬遷ではないけれど(「人には一死あれども」)、この意
  思表示を一緒に双べることはどうも出来ない、そういう気がしてなら
  ない。まぁこういう会話になるとエドワードと熾烈な論争になるのだ
  けれども、テヘランとカシミールの、不条理への怒り、そして自由へ
  の希求。それは石礫を以て死を覚悟してのものなのだが、それと虚飾
  なだけの、俺からすれば乱痴気騒ぎのなにものでもない、組合系の「
  やれマイノリティだの差別だの」の笑顔のパレードなるものに反感を
  感じるのは、少数ながら組合系にもいるし、カリフォルニアならカリ
  フォルニアの多くの人々が、同性婚反対になるのも肯首できる。しか
  もだ。合法的な州憲法改正は歴記とした、合法的な投票で可決された
  にも係らず、それは認めないと暴論し、挙句の果てには、動かないオ
  バマはダメだとなる。これこそ不条理そのもので、多くの人々は胸中
  に石礫を握っているのに気づかず、明けても暮れても女装と裸体のパ
  レードだ。あの乱痴気ぶりと、一身をかけて不条理に石で向かう人々
  は同じではない。
   ただ物事には廿重・三重の複雑な意志が込められている場合も多い。
  特にテル・アヴィブで組合系がプライドがここ数年可能になったのに
  は、当局の意図が働いていると意う。それはイスラームへの対決姿勢
  を煽るための道具として。御存知のように、イスラームでは同性愛者
  は死罪だ。宗教上、最も赦されない罪の行為だろう。それはヘブライ
  教もまったく同じなのだし、イスラエル内部の多くは、このプライド
  は苦々しい念いで視ていると意う。だがしかし、イスラームは人でな
  しであり、イスラームは野蛮であることを主張する見せ物としては、
  プライドは好都合なのだ。決して赦しはしないが、イスラエルという
  国とその制度の優位性(全く優位性はないように意うけれど)の為に
  利用し、また脳天気に進んで利用され、ほんとうにマイノリティであ
  って差別されているなら、パレスティナの人々との連帯を謳っても可
  い筈なのにも係らず、それらを排斥したばか騒ぎに堕している。
   イランについて謂えば、我が国の論調は、一とつには当惑、次にム
  サビ支持の空気だ。先ず当惑というのは、イランでデモが起こるなぞ
  とは夢想だにしなかったからだ。アメリカンにとってのイランとは、
  ホメイニ師と大使館人質事件の印象(カーター時代の倦怠感と等符号
  で結ばれている)が非常に強く決定的で、その後のイランを含めて、
  不可触なイスラーム専制支配の国───そうした刻印であるから、先
  ずこの騒擾をどう受け止めれば可いのか、躊躇してしまう。時間を数
  日経て、この両派の対抗が抜き差しならないことを知ると、ムサビ支
  持へ傾き始めた。しかし、ここに大きな認定の間違いがある。それは
  オバマがいちばんよく知っていることは、ホワイトハウスのアナウン
  スでも微妙に判るのだけれど、これは何の対立なのかとなると全く違
  って来る。写真を視れば一目瞭然で、大統領側もそして元首相側も、
  揃ってスピーチの後景には、ホメイニ師とハメネイ師の両アヤトラ(
  最高領袖)の写真がある。これだけでも、双方の対立は、およそ国内
  問題に関しての路線の違いだ。詰まりは、イスラム法曹、革命防衛隊、
  民兵に専制されたシステムではなく、より広範囲なバザール商人層な
  り新しく擡頭する新世代なりの声との対立なのであり、創業の理念と
  してのイスラームの下での平等社会が出来ていない、国内矛盾の表面
  化だろう。日本でも間違った報道がされ始めているから一言して置く
  と、北朝鮮とイランとのミサイル開発に大きな役割を果たしたのは、
  外ならないムサビであること(1982年随員として初訪朝)なのだか
  ら、この対抗を、イスラーム体制かはたまた自由かと捉えると、事の
  真意を誤らせるに十分だと意う。過ちは繰り返される───だ。
   そして若し過ちを犯すなら、騒擾のなかに暴走者が発生する。「私
  の投票はどこへ?」のスローガンは許容範囲だが、「自由が欲しい」
  のスローガンを誰かが叫ぶとすれば、これこそ、国家内乱陰謀罪が発
  動され、対抗は一巻の終わりとなろう。振り上げた拳をどう収めるの
  か───。非常に難しく、最終的にはアヤトラの裁定が必要になるの
  だと意うけれども、イラン・イスラーム体制のなかで起こったこの声
  は、大きくイランという国に微妙な影を落とすことは謂うまでもない
  と意う。
  
   世界の地殻的変動は大きなうねりになり始めたように意う。触れな
  かったけれども、カシミールが動かす力、それは石礫を握りしめて向
  かう、空拳徒手にも似た意志が、インドという国を大きく揺るがすか
  も知れない。ソウルでのサンヨン自動車のストライキや、ベルリンで
  始まった高校生による教育改革の直截行動が、なにかを変えてゆくか
  も知れない。それらの「意志としての身体」が、世界で瞭原の火のよ
  うにうねり炎が拡がってゆく。
   世界は完全に流動化の事態へ入っていっているように意う。国でも
  なく、体制でもない、個人の意志の身体がそうさせてゆくンだろうか。

                            - 了 -

Monday, June 15, 2009

アーリントンの篝火



   なんとか父が希望する部品を近くのクラシック専門のリペア・ショ
  ップ(創業が1952年でいまは三代目のまぁクルマ大好きな家族経営
  のお店)のジャン(オーナー)に電話して置いた所が、「探したらさ
  三つ純正の新品が残ってる見たいだから」)とのことで、さっそく吉
  報を父に電話した。その会話のなかで父がこういう。
  「君、ブースターは買ったかな?」
  父に云わせると、「テレヴィも君のことだからアナログだろうと思っ
  てね。もうデジタルに変わったんだことも知らないのではないかと思
  って」と云う。父のそれは「大丈夫か」というニュアンスではなくし
  て「どうせアナログ電波が止まって混乱してるんでしょう」的な嗤い
  と揶揄が込められていた。これだから利巧科系は苦手だ。

   そこで、
  「あのですね、『トワイライト・ゾーン』をモノクロームのテレヴィ
  ジョンで観たあなただから言いますが、やっぱり『ルーシー』にして
  も『ルート66』にしても、『ペリー・メイスン』にしても、あの受
  像機で見るといまののっぺりしたデジタル受信機では味わいがないで
  すよ。うちのはちゃんと使い分けていまして、現代のものは現代の受
  信機。といってももう6年前ほものですが、モノクロームはちゃんと
  貴方の時代のもので観ていますよ。どうです、いいですよ、試してみ
  たらいかがです?」と返球したら、応えに窮していた。hahaha
   まあ豪速球を投げても致し方ないので、テレヴィジョンというもの
  がこれで終る。一とつの時代が終るという趣旨の会話を兩人でし、父
  にとって最も印象に残って、いまでも生々しくその時と自分をまじま
  じと今日のことのように、そして明日もそうであることのような、そ
  うした出来事はなんだかと訊ねた。

http://www.youtube.com/watch?v=QIA_UqgLmuQ

http://www.youtube.com/watch?v=_xWW4WmBtk8&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=BLmiOEk59n8&feature=channel_page

http://www.youtube.com/watch?v=ouRbkBAOGEw&feature=channel_page

http://www.youtube.com/watch?v=TpicOfFajNE&feature=channel_page

http://www.youtube.com/watch?v=huBv5ypPF9I&feature=channel_page

http://www.youtube.com/watch?v=55PYQbu2iXs&feature=channel_page

http://www.youtube.com/watch?v=AX7BChan-xg&feature=channel_page

http://www.youtube.com/watch?v=_23UyIuEzK4&feature=channel_page

http://www.youtube.com/watch?v=YY1g9BCBtVs&feature=channel_page


   「JFKです。あの時代ぜんぶですね。いろいろあったけど、私は
  JFKの映像を観ると、ぜんぶ後は消えてしまいますね。君には判ら
  いかも知れないけど、希望が凄くありました。でも希望の向こう側へ
  の不安もすごくあった。ですから、暗殺のときはショックではなかっ
  たように思います。でも観たくないから、観ていません。いま観れる
  手段はいくらでもあるんですが、なにか胸騒ぎがしますから」
   父の胸中は同時代を体験していないから、共有することはできない
  けれど、けれどもJFKの暗殺から今日に到るまで、アメリカンの心
  から離れないのは、その劇的さの時系列表だけではない、この国のあ
  りようと、否、それより以前の人の心のなかに入ってきた一人の男と
  その男そのものの希有さ、夢や希望やそういったすべての記号を帯び
  たからだったように思う。それでなくては説明はできないかも知れな
  い。
   アナログが終った。


http://www.youtube.com/watch?v=VjnygQ02aW4&feature=channel_page

   そしてデジタル。オバマの時代───。もしかしたら父の時代のよ
  うに、希望とそして同じく混沌を我がむねの中にみんな診ているのだ
  ろうか。
   またJFKは永生している。


http://www.youtube.com/watch?v=4DMURserfvA&feature=channel_page

   ということはデジタルって何だろう。
   結局は、人という究めてアナログな存在のツールでしかない。だか
  らデジタルなんてものは結局は大したもんぢぁない。
   そういう意味で我が家はアナログでこれからも行く。アーリントン
  の篝火のように───。
   そう話したら、父は黙って電話を切った。

                            - 了 -

Sunday, June 14, 2009

No More Copy




   父からひさしぶりに電話が有った。母の病気見舞で会った切りで、
  お互いに用もない訳でもあって、電話で会話するのは半年以上ぶりだ。
  我が家は用がない電話はしない───これは兄も弟も自分の世界では
  どうかは知らないが、家族内であると規律を遵守しているんぢぁない
  かと意う。俺よりは電話しているだろうけれど。
   祖父や父からはいろいろと影響を受けた。なかでもJazzはその最た
  るもので、我が家には相当量のレコードは有り、また夏前になると一
  枚一枚のレコードを洗浄機にかけ、叮嚀に磨いてはまた倉庫に終うと
  謂う、日本で謂うなら正倉院の管理にも似た、行事は毎年この時季の
  ことだったし、故サラ・ヴォーンのブルーノートに連れていかれたり
  、子供のころからそういう雰囲気のなかだったし、自然とそれらの音
  楽を聴いていたから、ハイスクールの時にはもう自分は自分のJazzの
  小世界や、そこから触手を伸ばしたキューバンなんかにはまっていた。
   そして俺から父に与えた影響も有って、それはクルマだった。父は
  「クルマはスニーカー」という人でもあり、まったく興味も関心もな
  かった訳だけれど、人生の中葉を過ぎ、果たして初老の域になった時、
  あれほど「君はクルマ持ち過ぎだよ」と理解し難さ風に対していたの
  だけど、いつだったから「君の持っているビューイックいいね」の第
  一声から始まって、自分でも歴史を調べたり性能も徹底して調べ上げ
  れば増々、欲しくなったらしく、まぁ、どこで人は忘れていた子供の
  頃の憧憬を叶えたいと希うか判らないものだと惟うけれども、あれだ
  け、俺を「変な人」的に終始していたから、直截には云えなかったら
  しく、母や祖母を介して、「譲ってくれ」という商談を持ち込まれ、
  トランスミッションを直したばかりだったけれども、格安ならぬタダ
  で譲らざるを得なかった。今から思えば、夫婦で謀議を凝らしていた
  のかも知れない。それからの父は、出身は理工系でもあるから、俺よ
  り急速にクルマをいじるようになり、リペアは殆ど自分でする迄にな
  り、洗車法は俺の指南を拒んで、自分でも「彼よりは私のほうが上だ
  」と自慢しているらしい。そんな事は亡い筈ではある。
   その父からの電話は───
  「部品がね、もうディーラーにもないし。eBayで見つけては集めては
  いるんだけど、そっちのほうで知らないか?」
   と、云う内容だった。父は万全を期す。彼の正格なのだがなんでも
  先手、先手なのであって、それでないと不安に陥るようだ。
  「そうですね、クラシックなら純正でなくても世界に山ほどあるンで
  すが、97年でしょ?。クラシックでもないし最新でもないですから
  、なかなかこちらでも有りませんよ。あなたも御存知かと意いますが、
  これから果たして趣味のカテゴリーに入ってくるかどうかも難しいン
  ぢぁないだろうかと意うんですす」
   と、答え、出來るなら新しいクルマを購入してはどうかと打診した
  ら、まったく温厚というか祖父の存在が巨大なものだから、まぁ秀忠
  のような人でもあって、怒ったことは見たことがない人の口調が、微
  妙に変化をし、
  「君ですね、そうは云うけれども、あのクルマの乗り心地を知ってい
  るでしょう?。もう出ませんよ、ああいうコストを考えないで作った
  クルマは。最後のアメリカらしいアメリカのクルマです。そういうク
  ルマを買い替えろなぞと、よくもそんな事が云えますね」。-:-;;
   確かに父の云う通りで、1996年でGMの時代は了ってしまった
  んだろうと念う。


http://www.youtube.com/watch?v=33oiGqUsGvI&feature=channel_page

   アメリカ車というのは、日本車と比較すると設計の段階で違う。先
  ず、図面を引く時、アメリカ車は中央にドンと座席を置く。そして乗
  り、脚を伸ばして、手を伸ばして、その空間を決めてから、外の四角
  に向かって線を引いてゆく。それがフルサイズになる。日本車はそう
  ではない。政府の小型車枠規制の時代にクルマが誕生したことも影響
  しているだろうが、先ず枠を決める。そこから線を内側に向かって引
  いてゆく。丸で発想が違う。それは今でも色濃く、クルマに残存して
  いるのが判るのだけれど、エンジンも車体重が大きくなれば相当なエ
  ンジンを積む訳だし、小型車枠ならほどほどのエンジンになる。デザ
  インは簡潔明瞭。長く・広く・低くの黄金律が絶対だから、アメリカ
  車の外観は、非常にシンプルだ。日本車はまた違って小さいものを大
  きく見せなければならないから、デザインはメリハリを付けないとい
  けなくなる。それらが今日の、アメリカ車と日本車の帰結になってい
  るように意う。企業の命運も当然、そこから導出されている。
   ただ、アメリカ車が世界で一等であり、誰も真似出来ないことがあ
  る。それは乗り心地だ。サスペンションということになる。
   このサスペンションはコストとしては可成りの経費を計上しなけれ
  ばならない。だから今の時代、「硬めのセッティングがトレンドでし
  て」なんて云う自動車企業の人々もいるし、オーナーでもそれを自慢
  する人もいるけれど、俺からするとそれは真っ赤な嘘で、実は「コス
  ト削減しちゃいますと、乗り心地はそれは悪くなりますよ」の、コス
  ト最優先の結果を繕うだけの詭弁のように意う。フェラーリやポルシ
  ェといったスポーツならそりゃ硬いセッティングで当たり前だが、そ
  れ以外に「硬め」の乗り心地なぞは、不快感だけしか覚えない。コス
  トを削りに削る日本車で若し、絶妙な乗り心地のクルマを作ろうとし
  たら、それはもう割に合わないことになってしまう。ホイールベース
  を長く長く採らなければいけないばかりか、父のビューイックのよう
  に、堅牢なダンパーに廿重のスプリングにエアサスペンションを驕っ
  たものは、領域外。昔の会話で云うなら「だったらキャディラックか
  リンカーンが宜しいかと意います」とディーラーのセールスマンは宣
  うに相違ない。俺はシトローエンにも乗っているし、世評は「宇宙船
  」だと云うけれど、実はアメリカ車のほうが乗り心地では圧倒してい
  るように意う。シトロエーンの創業の夢は、アメリカ車だった訳だか
  ら、やはりクルマに重度の制限が課された彼の国で、あの乗り心地を
  どうしたら実現出來るか───それがハイドロニューマチックなのだ
  ろうと、双方を乗って確信に至っている。
   それもこれも我が国が、圧倒的物量を誇る国だったから可能であっ
  たのだろう。丈夫で壊れず、どこまで乗っても疲れず、アクセレート
  を踏み込めばスッとクルマは余裕で加速して、室内には強力なエアコ
  ンディショナーとソファのような座席。そしてラジオ。ステアリング
  は指1本で6メートルに近い巨体を操れる。乗り心地は一度味わった
  ら外には乗れない。『みかわや』や『近藤』で天ぷらを一回知ってし
  まったなら、それはもう舌が覚えていると同じく、「こんなクルマが
  あったのか」と念うだろう。それほど素晴らしい。
   父がビューイックを欲しかったのも、そして大切に乗ってい、また
  これからも乗り続けたいのも、あの我が国の素晴らしい時代に、父が
  戻ることは叶わないまでも、ゆったりとクルマを動かすなかに、あの
  時代を身体で呼び戻しているのだろうと意う。

   クルマが売れない。
   数字だけを見ても危機的だ。

   先月の統計では、販売台数が前年比で乗用車が、-36.06%、ライ
  ト・トラック(アメリカならでは)が-27.02%。全体比で-33.07。
  メーカー別は:

  GMが-29%
  フォードが-24.01%
  トヨタが-40.07%
  ホンダが-41.05%
  クライスラーが-46.09%
  ニッサンが-33.01%
  現代が-20.04%
  ヴォルクスワーゲンが-12.06%
  起亜が-16.01%
  BMWが-27.06%

   の数値で、これは市場占有率でも評価が違うという以前のそれを突
  破して、尤もクライスラーはその車種体系からして予想された数次な
  のだけど、小泉・竹中路線で輸出頼みに化した日本製。しかも主力の
  クルマがこの数次だと波及してゆく影響は推して知るべしだろうか。
  それを如実に示すのが、最も売れたクルマと最も売れなかったクルマ
  と、落ち込みが酷い車種で:

   最も好調だったのが、フォード・フュージョンの+9.4%。最も不
  振なのがホンダのシヴィックで-61.10%。続いて、カローラが-54.
  04%、アコードが-48.04%、アルティマが-46.05%、フォード・
  フォーカスが-53.09%、カムリが-38.09、といった具合だ。
   ハイブリット車種と競合するこれらの車種の落ち込みが酷く、近い
  将来には全面的に廃されるかと念うけれども、だからといって落ち込
  み分がハイブリットに流れているかと云うとそれはそうでもない。家
  族一人一人に1台のクルマが一般的で、複数所有の家庭が通常のこの
  国では、1台か2台は減らすか、購入しない───そういうライフ・
  スタイルの変更が進行しているように、近所を見ても意う。また、ど
  うせ購入するなら、売却価値を有するクルマ。詰まりはブランド力が
  有るレクサスかドイツ車に一斉に向かう。そういう意味では、高級車
  市場の打撃はそれほどではなく、Bセグメントと喚ばれる中上級そし
  て大衆車の地殻大変動が、アメリカ社会の価値観の様変わりをそのま
  ま反映しているのだが、過剰な在庫を抱え込んでいると見られる日本
  勢の体力が可成り怪しいように意う。
   そして父のような1980年代後半から1990年代中葉くらいのクルマ
  を求め乗り始めた層が未だ未だではあるけれども、殖えている。

   GMとクライスラーの決定な没落の原因を求めるのは容易いし、ワ
  シントンの資本注入がどれほどの効果を上げるか、フィアットによる
  事実上の吸収の先にある両社を見ても、俺も悲観的なのだけど、起死
  回生があるとすれば、自動車で生きるという前提として、やっぱり、
  述べた往年のクルマ作り。堅牢で長距離でも疲れを知らず、デザイン
  はシンプルなもので、乗り心地が群を抜き、そして環境に対応する、
  そんなクルマ作りぢぁないかと意う。詰まりは1台でぼろ儲けするよ
  うなそれを狙うクルマ作りではダメだということになるかも知れない。

   きょうから父の熱情に応えて、部品手配に走ろう。
                            - 了 -

Saturday, June 13, 2009

まッ、芝居を打つことですな -太郎と鶴平の密談-



  太
  「邦ちゃんを切らざるを得なくなってしまいました」
  鶴
  「困りましたなァ。総理。『抜き打ち』とあれほど私が云ったぢぁな
  いですか」
  太
  「いや、政局にしてはいかんと思ったんですよ。それは困る」
  鶴
  「それは違いますなァ。政治の最後は政局です。勝つか負けるか。そ
  れだけですゾ。困るなァ、あんたも太賀吉さんの子供だ。それぐらい
  判ってなきゃ……」
  太
  「いや『抜き打ち』は考えたんです、俺は。あ、すみません。ただ、
  あっちも首を縦に振らないきゃ、こっちは俺を追い落とす動きがあっ
  て……」
  鶴
  「あっちってんのは信濃町かね」
  太
  「え、まぁ」
  鶴
  「あとは神奈川と三田が動いているでしょ」
  太
  「お察しの通りです。上げ潮なんて顔ぢぁない、下げ潮のようなでけ
  ぇ顔の男も動いていてですね……」
  鶴
  「こんどの人事はまぁ、十中八九、三田の学者が動いてますなぁ。む
  ぅううん、まぁ危機感だろうね。総理、潮目というものがある。何事
  も潮目を読めなければ、負けです。こんなことを云っちゃいけないが
  、潮目は郵政見直しです。そこまでは声にはなっていないが、明らか
  に、総理の仰るでけぇ顔とか、渡り渡世の女とかね、群馬の下手な若
  造なんか大したことぢぁアない」
  太
  「そうですか?」
  鶴
  「だから困るんだ。それぢぁ。我が国はアメリカと連動しておる。そ
  れについちゃ、あんたの爺さんなり私等が敷いたレールだし、それに
  ついてとやかく云う奴もそりゃいる。河野も三木も音羽の爺さんだっ
  てあれこれ強がりを云ってたが、爺さんと私らの敷いたレールは最善
  だと思っておる。それが繁栄にいった。そこでだね、我が国は米国の
  影響の元に存る。そうぢぁありませか?」
  太
  「まぁ、おいらとしては、そろそろ対等にしなきゃいけないがと意い
  ますがね」
  鶴
  「あんたに出來る訳がない。まぁ正確にいうならあんた以外の人間に
  もそりゃ出来んよ」
  太
  「───」
  鶴
  「米国を見れば判るでしょうが。潮目は先に変わった。とうぜんこっ
  ちの潮目も変わる。がたがた云ってる連中は、すでに潮目に乗り遅れ
  た。あいつらが云う守旧派なんてッレッテルがこんどは自分たちに烙
  されてるのを判っちゃいない、まぁ、皮肉なもんですなぁ」
  太
  「そんなもんですかい?」
  鶴
  「時流はそういうもんです、総理。流れが早ければ早いほど、流れに
  乗ったもんは、その流れを先へ見極めんと、すぐ流れに弾き出される。
  まぁ、なんとか託児所の連中もそうだが、あいつらは尻馬に乗っかっ
  ただけ、党にとっては百害有って一利なしだ。さっき云った、連中も
  もう乗り遅れとる。自縛っていう奴でしょ。大きな旗を立てて流れだ
  流れだと叫んだはいいが、あちらさんは逆だ。旗が降ろせんのだねぇ。
  政治というものは、旗を立ててもそれを降ろすことができるのが政治
  だ。そういうもんが判っちゃいない。だから降ろせんのです。三田の
  バカ学者もそっちだわな」
  太
  「ぢぁ、なんとかなるんでしょうか?、策は?」
  鶴
  「あんたが『抜き打ち』をしとればよかったんだが、それが出来なっ
  かっとなるとぉ───むぅううん」
  太
  「邦ちゃんも出ていっちゃうことはないと意うんですが……」
  鶴
  「総理、あんたにも云ったけれども、総理は総理だ。伝家の宝刀を使
  うタイミングを逃しちゃいけませんゾ。そうした終わりだ。前にも云
  ったけれども、一度権力を手放したら、その後、それを取り返すのに
  は金は幾ら有っても足りん。政権は死守なさい───と云った筈です
  がね」
  太
  「それは、それはちゃんと銘じております」
  鶴
  「ぢぁ、云うが───。あいつらこそ守旧派だっと持ってゆく。恐ら
  くそうなる。世界の潮目がどこを採っても変わっとる。あいつらこそ
  が旗を降ろせない者たちだってことを、今や郵政民営化の旗なんか持
  てる連中こそ、国民のことなぞ判っちゃいないってことを、印象づけ
  なきゃならんね」
  太
  「できますか、そんなこと───」
  鶴
  「あります。ラフレ埼玉だ。あそこをマスコミに突かせればいい」
  太
  「それなんですか?」
  鶴
  「あのなんだ成金の貸金が狙ったのは、ラフレだろうね。まぁ外のか
  んぽはおまけ見たいなもんだ。そこを西川が乗ったという話だ。まぁ
  民間企業で云えば、背任だ。そこです、突けば流れがまた変わる。そ
  れは、恒雄さんにやってもらうんだねぇ。やってくれるでしょ」
  太
  「そりゃ、追い落としぢぁないですか───」
  鶴
  「困りますねぇ、どこぞのお坊ちゃんぢぁ」
  太
  「いや、ちゃんと愛人だって店出させてやってますよ。それぐらいの
  器量はあります」
  鶴
  「そういうところだけでもねぇ。まぁいいでしょ。これは大きな博打
  だが、不平を云う連中には出ていって貰う。落とすんです、選挙で」
  太
  「いまの情況から見たら、それや下野ぢぁないですか?」
  鶴
  「いや」
  太
  「といっても、信濃町のほうも」
  鶴
  「再編です、再編するしか手がない」
  太
  「そんなことできっこないでしょ。野党は固まっているンですよ」
  鶴
  「困るなぁ、それぢぁア。まず、託児所の連中なんか吹けば飛ぶ奴等
  だ。直ぐ落ちる。でっけえ顔やその複数は入ってくるでしょうが。あ
  の女は、我が党が下野したら、こんどはまた、何事もなかったように
  民主党へ行って大臣狙いで行く。まぁ厚化粧な女は決ってそうだ」
  太
  「はははは」
  鶴
  「そこでだ。旗を降ろす連中は降ろさせればいい。まぁ選挙に落ちた
  らただの人。そこです。一人一人どうするかを迫れば可い。託児所の
  連中でも、まぁ乗ってくる連中は党が面倒見ようで構わない。選挙の
  次第では下野する数になるかも知れないが、だからこそ信濃町にも云
  える、ただの野党で可いんですか、とね。信濃町はぜったい付いてく
  るでしょうなぁ。
  大義名分を立てるにはね、総理。神奈川と三田の路線をはっきり切ら
  んと前へ進めない。これがあんたが政権を死守できるかどうか、党が
  生き残れるかどうか───そこです」
  太
  「いや、そうは仰るけれども、俺も賛成な部分もあるし納得しかねる
  部分もあって、そうそう簡単には否定できません」
  鶴
  「あんた、それぢぁ政治家ぢぁない。生きるか死ぬしかないのが政治
  ですぞ。まぁタイミングもよるが、いまの情況は沈み行く船だ。まぁ
  そういう嗅覚もない連中が多いが、選挙次第では党は割れますな。そ
  の前です。邦夫くんには子会社をやって貰う」
  太
  「どういうことです」
  鶴
  「沈み行く船には誰も来やしません。それでも下船しませんという連
  中はあんたに付いて行きますよ。そこで踏み絵です。だが───」
  太
  「だが───とは?」
  鶴
  「大義名分ですな、その旗を立てなきゃいけない。いまの旗は色が判
  らん。旗幟を鮮明にするとして、まぁそこの旗幟はなるべく大きな事
  や坊ちゃん風のもんぢぁダメです。だが、子会社が先です。そこに窓
  口になって貰う。邦夫君なら邦夫君にやって貰う。そこを受け皿にし
  て、選挙後連立です。亀井君も、郵政見直しなら乗ってくる。ただそ
  れだけで済む」
  「政治は詭計です。ほざいてる連中も権力の側に存るからあんな事を
  云ってられる。脅せば可い。腰砕けですよ」
  鶴
  「まッ、芝居を打つことですな。敵を騙すより身内を騙すほうがこの
  際は得策でしょ。党が少数になったとしても、子会社と親戚の会社を
  合わせればなんとかなるでしょうなぁ。大義名分も立てられる、幾つ
  もある。相手は郵政見直し。それを呑む。ガラガラポンで出る目は、
  どちらにしてもあんたには有利になる筈です。それぐらいの構想では
  ないと勝てませんゾ」
  太
  「しかし脱党者なり反対派がどれぐらいになるか───」
  鶴
  「多かろうが少なかろうが構いやしません。米国が、市場原理主義ぢ
  ぁダメだとなった、欧州の情勢もそうです。欧米がそうなら、我が国
  もそうなる、連動する。これが私にやぁ知らないがグローバリズムの
  産物というもンぢぁないですか。あいつらが言い立てるグローバリズ
  ムによってあいつらが退場する。そこです、突くのは」
  太
  「しかし手駒が───」
  鶴
  「そうだな。智慧者がいないか。そこが問題だねぇ───」