
昨日の診察で、心的腰痛と診断された。まぁ精確を期すと、そうし
た診断はしないのだけれども(外科的な原因はないから=心的だろう
という診断)、まぁ、とにかくストレスを回避するように───との
なんとも頼り投げなものだった。とは云っても、「もしや癌」とか色
色考えてもいたから、胸を撫で下ろしては居る。
そして昨日は、もう一つ、語らなかったが、あの融資夫婦の開業す
る焼肉レストラン(「東□カルビ」という名らしい)のプレ・ダイニ
ング(招待試食会)の日だったようだ。此の夫婦とその後背に控える
某宗教団体との経緯は、過去の日記に委しく記録されているけれども、
前日までに思念していたのは、寝返りが誰なのか、その人数を攫むこ
とだった。自分の身は自分で護る───。これはアメリカンの生きる
大原則で存る。内部にエージェントの連絡網が存るから、今晩にでも
も、その全貌は判明すると意う。そして、時季を見計らって、クーデ
タの蹶起日を定めなくてはならない。勿論、首謀者は俺。
内部で働く人びとが我が家へ連絡を寄越し始めたのが先月。牛馬の
ように酷使され、日頃の感謝のことばも一切ないというこの夫婦への
反目は、予想以上に高く、また連絡を寄越す人びとも、人柄としても
給料などは二の次で、お店の為に一生懸命に働いている人びとである
から、この際、蹶起に参加する人びとの、後の就職先は、俺が一切引
き享けることにし、一昨日まで、受け入れ先と水面下で折衝していた
のだった。それも腰痛の原因の一つだったように意う。
相鼠有皮、人而無儀、不死何爲
詩経の一節で、どんな鼠を見ても、ちゃんと鼠としての皮があるで
はないか。人には人としての礼儀・威儀がなくてはなるまい。人とし
ての威儀がないくらいなら、そんな人は死んだ方がよろしい。
自分にも言い聞かせなければならないのは当然なのだが、あれだけ
の協力そして助力を惜しまなかった俺なり悪友なりに、仮令、敵対す
るにしろ、不和であるにせよ、招待状などは勿論不要だが、「お陰さ
まで□月□日に開店の運びとなりました」の一筆くらいは、第三者を
介しても爲すべき礼としてあるべきではないかと意う。それが大人な
んではないか。日本ではどうか判らないけれども、俺はそうのように
意う。月に$4000を以て、助け、母親の面倒を看、経営からメニ
ューまで相談に乗り、はては国際たこやき旅団まで投入して、危機の
経営の最大支援者として、憎まれ役を引き受け───。感謝しろとは
希はないしそんなものを享ける積もりもさらさら亡いが、こうした人
を人と思わぬ夫婦の所業は、先の従業員の総反目の動きと符号するも
のだと意う。
蹶起の数にもよるけれども、一等欠かせない人物が既に、呼応して
いるというか、自ら蹶起に同意しているから、それだけでも、開店の
第一歩で、甚大な打撃を加えることが出来よう。まさに「桶狭間の一
戰」だ。蹶起の際は「俺の名前を出しなさい」と伝達してあるから、
開戦の宣戦手交も万端。なぜ敢て宣戦布告をするか───それは、あ
の夫婦の親。詰まり名義上の社主である、母親からの、脅迫メールを
世に知らしめる必要があるからであって、紳士的に秘すれば、あちら
の思う壷であるからだ。一切を公表すれば、「地獄へ堕ちなさい」な
る、某宗教団体のおぞましさを白昼化、視認化することが出来ようと
云うものだ。
好都合な事に、昨日は我が国産牛肉の細菌発生と回収の報が明らか
にされ、スーパーからは当該の肉の回収も確認済み。人心への影響か
らも、当分は焼肉なるものは避けると送像すれば、彼等は出鼻をもう
挫かれているから、第二撃。源田実氏のハワイ策戦での、南雲長官へ
の意見具申に存る、
「攻撃ニハ反復ガ必要デアル」
とだとすれば、第二撃、そして第三撃を準備しなければならない。
ましてや、彼等は自らの弁明めいたものを、あちらおちらでフレーム
・アップしている情報が達しているから、それではこちらが殺られて
しまう。これも俺の因果な人生なのだと意う。
そしてまた厄介な問題は、その牛肉細菌の余波。今週土曜のバーベ
キュー・パーティーの中止を進言する人びとが現れた。万が一のこと
を憂へての進言だと意うが、もう準備は始まっている。どうすべきか
、直前で中止すべきか、それとも、急遽、まったく違うパーティーに
宗旨替えすべきか、きょうか明日中には判断しなくてはならないこと
になった。
日々是決断。
いや、疲れる。
- 了 -

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