Thursday, June 11, 2009

iPanic



  「Vから言ってやってくれないかな」
   正式に一日遅れだったけれど、知己のたっての願いを果たすべく、
  正式にビヴァリー・ヒルズのムンシパル・コートに民事での提訴手続
  きと身柄拘束の申請をし即日受理された。これはエドワードが代理人
  になって貰ったから叶ったもので、感謝を伝えるのと、今週末に飯で
  もという誘いの会話の後に、夫人からもたらされた一言だった。

  (もしやしてバラートのあの夜に不始末をしでかしたのか、その某
   等をまた等価交換的に頼んで来たものか───)

   と、転瞬に身構えたのだったが、さに非ずで、

  「また、iPhoneを買い替えするっていうんだよ。いまので十分なの
  に。またファミリー・プランでVもテルテオも入れば安いのになって
  さいきんまた言い始めて───」
   なんの事はない、たかが移動電話機の話ぢぁないか。がしかし、奴
  の新しモノ好き(人も物も)は際限がないのはよく知っているから、
  それは困り者だろうと夫人の愚痴をちゃんと小一時間ばかりは聴いた。
   ジェームズくんも以前は。エドワード同様に、「新しモノ好き」だ
  ったし、ボードも頻繁に買い足したり、テに強奪されたフェラーリの
  ボードをエドワードにせがんだり、それはそれは、WeHoerの象徴み
  たいだったが、結婚してからは、別人のように変貌して、慎み深く、
  夫を第一にして、この大不況のなかで、特にエドワードの経営するス
  パ&ジムなどは、運の悪いことに大改装後に、この事態だし、マガジ
  ンは部数をどんどん減らすというなかで、追い打ちは節水命令で、こ
  れはスパ&ジムには大打撃だろう。そのような中で、ジェームズくん
  の采配ぶりは見事なもので、楽器のレッスンを介してもそうだけど、
  姑の信任もいよいよ深まって、いまやジェームズなくしてエドワード
  無しは、エドワードの両親もまた俺を含めた周囲も、肯首するほどだ。
  その内助の悩みは、「なんでも新しいもの買っちゃうんだ。Vから『
  あんなもん、『お前は絶対使わない』って言われたキンドルまでぼく
  の分まで買ってきちゃうし、この前は、またハワイのコンドが安いか
  らって、買おうとしたり───丸で判ってなくて。それだけぢぁない
  んだよ。外に出たがるしさ。今はそれどころぢぁないのに」。
   むぅん、仕合せ者は情けない奴と相場は決っている。男というもの
  は、常に子宮を安全圏だと身体で知っているから、そこに安任にして
  しまう。エドワードの場合もそうだ。内助はただひたすらそれをコン
  トロールしなければならないから堪ったものぢぁない。ましてやジェ
  ームズくんだって欲しいものは沢山あるにも係らずを考えれば、こん
  な一方的な仕合せは、ジェームズくんだってそうそうは耐えられない
  だろうと不安になる。また俺が怒り役、憎まれ役か───。

   キンドルにiPhone 3S。
   金額的には大したことはないと、アナログ人間は意うのだけど、話
  を聴いて見ると、色々なソフトウェアの費用がばかにならいとジェー
  ムズくんは云うので調べて見たら───いやいや、塵も積もればなん
  とやらで、巧妙に仕組まれている。まさにiPanicだ。
   商才に長けたジョブズのことだから、シリコン・ヴァレーに貸しを
  作るのを、消費者に巧みに支払って貰うということだろう。キンドル
  にしてもそうで、俺は「何を血迷ったんだろう」と意うほどで、こん
  な電子本はコンピュータ上でうあってたことで、それでさへ購読層な
  ぞはそれほどでもなかったものを、「昔の名前をちょっと変えて出て
  います」という、何らの新味もない携帯できるだけの電子本だ。これ
  とて、衰亡著しい出版業界に貸しを作る、そして出版業界はただそれ
  に乗っかっただけの話で、それも購入者が、代払しなければならない
  だけのものだ。消費者がなんなく騙される時代、否、それ以上に自ら
  志願して騙されるのを仕合せと意う時代───。そんなことなぞを考
  える。そして3億総白痴の時代がもうやって来ている。
   どちらともに本質を見失った者同士の、まぁ言ってみれば、結婚の
  ようで、それはそれでお目出度き人々だとは意うし、お目出度き中に
  いれば、そのお目出度さはまったく判らないから、だから志願囚人に
  どちらも競って入るんだろう。先が見えないから尚更である。

   よくよく考えれば誰でも判るもので、電話は用件だけ話せばそれで
  可く、読むなら紙の活字を読めば可い。ただそれだけなのである。俺
  はそういう生活を変更する価値を全く認めない人間だから、まったく
  構わない。その俺も嘗ては、何人をも上回る「新しきモノ」好きだっ
  たし、オーディオだろうが電子機器だろうが、先も先に飛びついてい
  た。今から思うと「そんな時もあったのか」と他人事なんだけれども
  、いつからか「こんな際限のない無意味さって何だろう」と思ってか
  ら、一切を放擲し今日に至っている。
   そこで得た教訓は、際限のない欲求は際限のない不幸せを喚ぶ、と
  云うことだ。比喩でよく用いるのだが、「貴方は空腹ですか、それと
  も食欲ですか。目の前に存る料理を見てそれを問えば、食事に対する
  自分のその時その時の位相がはっきり判りますよ。そこをよくよく考
  るか考えないか。大したことぢぁないけど、それで生活は変化を起こ
  すでしょう」と言っている。人は空腹でお腹いっぱい食べればそれで
  仕合せだが、空腹を食欲を混同している人にとってはストレス以外の
  何者でもなく、際限のない欲求だけを感じながら生き続けることにな
  るんぢぁないだろうか。
   これらの製品が押さえている部分。いや、これらの製品だけぢぁな
  く、略、すべての奇を衒ったものなぞは、人の空腹と食欲を混同させ
  て脳内を破壊させて、永遠に囚人化させようとする。そして多くの人
  がそれに飛びついてゆく。俺が鳥瞰してそれらを見ると、技術なんか
  発展してそうに見えるだけで、ほんとうは発展なんかしてやしないと
  意う。なぜなら、結局は、電話をかけなきゃいけない訳だし、そうい
  う機器を持たなければ意志疎通が出来ないのは、ベルの時代から変わ
  りはないし、結局は電子上の字を見て、読むだけなのだ。ほんとうの
  発展とはそんなもんぢぁなく、「あ・うん」装置が身体に組み込まれ
  て、自分の真実の意志が相手の装置に伝わるとか、夜セットして就寝
  しれば、睡眠中に読みたかった本が翌朝にはすっかり脳裏に入ってい
  て、「昨日セットした小説あれはよかった」になる。それが発展とい
  うものであって、そこまで行かないんだったら、まったく黒電話でも
  、書籍でも構わないと意う。
   昔の製品はそこが違った。食べ物でもそうだけれども、製品自体が
  人の営みに愉しさをもたらしたし、笑顔をもたらした。今でも覚えて
  いるけれども、ラジオを買ってもらった時の嬉しさはなんといったら
  良かっただろう。ラジカセもそうで、箱から取り出した時の、匂いと
  いったら───。スイッチを入れ周波数を合わせると、世界の国から
  の声が聴こえてくる。そこからどれだけ変貌したのだろうと考えてみ
  ると、変わらない。インターネット・ラジオも聴かなければ聴けない。
  だったらラジオで十分だ。
   その意で云うと、我がアメリカは変わって来ている。しかも着実に。
  なにが変わったか。それは際限のない消費に飽き飽きしている人々が
  目覚め始めたこと。「それは大不況だから」と一喝する人も日本だっ
  たら居るかも知れないのだけど、違う。これまでの消費のスタイルで
  そのものを含めた、日常とか生き方とか価値観が大きく変動し始めて
  いるからだ。ガソリンが安くなってももうSUVを購う人が絶滅して
  ゆくのと同じ光景だ。以前の我が国なら、ガソリンが下がればSUV
  が売れた。そういう情況ではもはやないのを説明するには、やはり大
  きな変動がやって来ている。だからGMだろうがクライスラーだろう
  が「ダメなものは潰せば可い」にまでなった。そして旧いクルマを大
  切に乗り続けようという層がコアになって、そういうクルマを多く路
  上で目にするようになっている。それはクラシックではなく8、90
  年代のそれを見ることにも明らかだ。

   アメリカが変わるとき、世界は変わる。
   これは何も、アメリカ病の患者で言っているんではなく、善くも悪
  くもアメリカがスタンダードを提供して来たという意味で。音楽・ス
  ポーツ・生活───ありとあらゆる場面で、世界に影響の及ばない所
  は亡いだろう。我が国は確かに、国家とか外交とかの世界では疲弊し
  ているけれども、これからも世界に影響を及ぼしてゆくだろう。その
  流れで云うなら、我々の生活観、人生観の変動が、それこそ、「変り
  続けることだけが人生」の「変」が、どういう波及をしてゆくのか。
   「失われた8年」。こんな言い方が妥当かどうかはともかく、あの
  8年が帰結したものは、全面変更だということだ。あの8年は、これ
  までの我が国の人々の生き方の存る部分。詰まり欲望は善である部分
  の集約的な、一挙に押し出された時間だったと意う。内に向かっても
  、外へ向かっても。
   それらが一切に退場を宣告された。以前のアメリカならそれに抵抗
  する声が有った筈なのに、それが亡い。とは言っても、公式に語られ
  ることには躊躇している層も未だ若干いるんだけれども、事態はそれ
  より先へいっている。

   世界はどう変わるか。
   先ずはエドワードに変わって貰おう。

  そして俺は───。
  この電話機が欲しい。hahaha
                            - 了 -

No comments: